夫(妻)を亡くした悲しみだけじゃない。「これからの夢」や「経済的な安心」を失った辛さの正体

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はじめに

配偶者を亡くした悲しみは、ただ「その人がいなくなった」という悲しみだけではありません。「これから一緒に見るはずだった景色」「あたりまえだと思っていた暮らし」まで、一度に失ってしまったような感覚に、戸惑っていませんか。

実はその感覚には、ちゃんと理由があります。今日は、「二次的な喪失(セカンダリー・ロス)」という言葉から、その痛みの正体を、一緒に見つめていきたいと思います。

「人を失う」ことは、ひとつだけの喪失ではない

配偶者との死別は、その方自身を失うという、いちばん大きな喪失とともに、実はたくさんの「小さな喪失」を、同時に連れてきます。これを、「二次的な喪失」と呼びます。

たとえば、「一緒に歳を重ねていく未来」「ふたりで積み上げてきた暮らしのかたち」「安心して頼れる存在」など、目には見えない、たくさんのものが、同時に手から離れていってしまうのです。悲しみが、ひとつでは済まないほど重く感じられるのは、そのためなのです。

暮らしのなかで感じる、具体的な喪失

二次的な喪失は、日々の暮らしのなかに、さまざまな形で現れます。これまで世帯で支えあっていた収入が、ひとりの肩にのしかかってくること。老後、一緒に過ごすはずだった時間や計画が、急に宙に浮いてしまうこと。夫婦ぐるみで仲良くしていた友人との関係が、どこかぎこちなくなってしまうこと。

こうした変化のひとつひとつが、「夫(妻)がいない寂しさ」とは、また別の重みをもって、心にのしかかってきます。

その痛みの深さには、ちゃんと理由がある

「もう半年も経つのに、まだこんなに辛いなんて、自分は弱いのだろうか」。そんなふうに、自分を責めてしまう方は、少なくありません。でも、それはあなたが弱いからではありません。あなたは、大切な人そのものだけでなく、「これからの夢」「経済的な安心」「ふたりで築いてきた日常」「まわりとのつながり」まで、いくつもの喪失を、同時に抱えているのです。ひとつの悲しみだけでも重いのに、それが何層にも重なっているのですから、痛みが深く、長く続くのは、とても自然なことなのです。

だからこそ、「もう元気にならなくては」と、自分を急かす必要はありません。まずは、自分が失ったものが、ひとつではなく、いくつも重なっていることに、気づいてあげてください。それに気づくだけでも、「なぜこんなに辛いのか」が少しわかり、自分を責める気持ちが、ふっと和らぐことがあります。

夫も亡くして私自身も重度のうつ病になり、働けなくなって、気が付くと経済的な不安にもおそわれていました。その時にクリニックの先生に様々な支援がある事も教えてもらい、繋いでもらうこともできました。ですので役所や専門の窓口に相談してみることです。友人関係に悩んだら、無理に以前と同じ形を保とうとしなくていい。ひとつひとつの喪失に、ひとつひとつ、自分のペースで向き合っていけば十分です。

おわりに

配偶者を亡くした悲しみは、ひとつの喪失ではなく、いくつもの喪失が折り重なったものです。それに気づくことは、自分を甘やかすことではなく、自分の痛みを正しく理解するための、大切な一歩です。どうか、「これくらいで辛いなんて」と、自分を責めないでください。あなたが抱えているのは、それだけ、たくさんのものだったのですから。どうか、ひとつひとつ、ご自分のペースで、大切に向き合っていってくださいね。

ハッピー相談室Az 大和 由起子

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