
はじめに
「たかがペットでしょ」「また飼えばいいじゃない」そんな言葉を、直接言われたことはなくても、そう思われているような空気を感じて、つらくなった方はいませんか。大切な家族を失ったのに、その悲しみを人に話しにくい。そんな孤独を抱えている方は、とても多いのです。
今日は、世の中から理解されにくい悲しみのことを、「公認されない悲嘆」という言葉とともに見つめながら、あなたの悲しみは、ちゃんと本物なのだということを、お伝えしたいと思います。
世の中に認められにくい悲しみ
人が亡くなったときには、お葬式があり、お休みをとることも許されます。周りの人も、「大変でしたね」と、そっと寄り添ってくれます。けれど、ペットを亡くしたときは、そうした「悲しんでいい」という空気が、まだ十分ではありません。その結果、悲しみを外に出せず、ひとりで抱え込んでしまう方が少なくないのです。
このように、周りから認められにくい悲しみのことを、「公認されない悲嘆」と呼ぶことがあります。あなたが感じている「話しづらさ」は、あなたのせいではなく、世の中の側にある空気のせいなのです。
ペットは、無条件の愛をくれる存在
ペットちゃんたちは、私たちが疲れていても、うまくいかない日でも、変わらずそばにいて、まっすぐな愛を向けてくれる存在です。仕事の肩書きも、失敗も関係なく、ただ「あなたがそこにいること」を喜んでくれる。そんな関係は、人の世界のなかでは、なかなか得がたいものです。
毎日のごはん、お散歩、寝顔。朝から夜まで、生活のすべてをともにしてきた家族だからこそ、その存在が、心の大きな支えになっていたのも、当然のことなのです。
その悲しみは、人間の家族を亡くすのと同じくらい、深くてもおかしくない
ペットを亡くした悲しみが、人間の家族を亡くしたときと同じくらい、あるいはそれ以上に深く感じられることは、決して珍しいことではありません。ペットは、毎日いちばん近くで、いちばん長い時間をともに過ごす家族であり、無条件の愛で、私たちの心を支えてくれていた存在だからです。それを失ったのですから、心に大きな穴があくのは、ごく自然なことです。
「たかがペット」なんてことは、決してありません。悲しみの大きさは、その子とどれだけ深く愛し合ってきたかの、あらわれです。他の人と比べる必要も、「これくらいで泣いてはいけない」と我慢する必要もありません。泣いていいのです。何日も、何か月も、悲しんでいいのです。あなたの悲しみは、正当で、大切にされるべきものです。

おわりに
世の中の目が、どうであっても、あなたの悲しみは、本物です。「たかがペット」と言われても、その子は、あなたにとって、かけがえのない家族でした。どうか、自分の気持ちを否定せず悲しむ自分を、そのまま許してあげてください。
もし、身近に話せる人がいなければ、同じような経験をした方や、専門の相談窓口に、頼ってみるのもひとつの方法です。あなたは、ひとりではありません。
ハッピー相談室Az 大和
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